礼拝メッセージ2022/01/09

2022年3月1日

2022年1月9日
聖 書: マタイの福音書28:18-20
18イエスは近づいて来て、彼らにこう言われた。「わたしには天においても地においても、すべての権威が与えられています。19ですから、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。父、子、聖霊の名において彼らにバプテスマを授け、20わたしがあなたがたに命じておいた、すべてのことを守るように教えなさい。見よ。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたとともにいます。」
題 目: 主の弟子として生きる。①

先週は今年の中心聖句である詩篇119篇105節をもって御言葉によって生きるという題で恵みを分かち合いました。
これから伊勢崎聖書キリスト教会は御言葉によっていきる。主の弟子としていきる。神の家族としていきる教会を目指して行きます。
今日はマタイの福音書28:18-20箇所から主の弟子として生きるという題で今日と来週2回に分けて恵みを分かち合いたいと思います。

イエスは彼らに近づき、驚くべき宣言をされた。
復活せられた主イエスは、弟子たちに近づいて来て、彼らにこう言われた。「わたしには天においても地においても、すべての権威が与えられています。
弟子とは何かを語る前にもっと大切なこと。忘れてはならないことがあります。それはイエス様の権(けん)威(い)です。
それは天にある資源や力を自由に用いることができる。限界のない権威である。
人は権威を知らない

私たちは「権威」に対してあんまり分からず信仰生活を行っているかもしれません。
実はこの「権威」を知らないと、いくら頑張っても主の弟子として生きることはできません。つまりキリストの弟子にはなれないことです。聖書によると「権威」というものは「絶対服従」すべきものですが、私たちは「権威」が何か分からないのです。
なぜ、私たちは「権威」またそれに従うことを分からないのか。
私たちと同じ聖書キリスト教会のある先生はこう言いました。
聖書が教える明確な理由があると。それはアダムとエバが「神様の権威」に逆らったからだと。創世記2:16以下をみると
[創世記 2:16,17] 16神である主は人に命じられた。「あなたは園のどの木からでも思いのまま食べてよい。17しかし、善悪の知識の木からは、食べてはならない。その木から食べるとき、あなたは必ず死ぬ。」と命じられたのに背(そむ)いたからその時から人は「権威」もそれに従うことも悟れなくなったと教えてくださいました。私はなるほどとその教えに恵みを受けました。

国、会社、家庭、学校にはそれぞれの権威者が存在します。しかし皆さん。今の時代どうでしょうか。権威が軽んじられているのが現実です。子どもは親に反抗し、学生たちは先生に従わない。また会社では部下が上(じょう)司(し)を軽く見て判断したり、悪口や噂を言ったりします。逆に権威者側にも問題がありまして権威が何か分からない人が権力を振(ふ)ることです。
例えば、親に与えられた権威は、子どもが安全に幸せに成長していくために神様から与えられたのです。自分の権力を通すために無理ありに服従させるためのものではありません。

神様が「善悪の知識の木からは、食べてはならない。」と命じられたのは人がこの神様のご命令を守って従いながら神様に続けてとどまり、祝福に満ち幸せな日々を生きるためでした。しかし、人はその権威ある神様の命令に従わなかったのです。

聖書を知らない人たちが思う権威はいつもゆがんでいてよくない結果を生み出します。しかし神様を信じ、聖書を通して正しく権威とは何かを理解した人は祝福されます。

聖書は私たちが権威者にどのように従うべきか教えています。
[コロサイ人への手紙 3:22,23,24] 22奴隷たちよ、すべてのことについて地上の主人に従いなさい。人のご機嫌取りのような、うわべだけの仕え方ではなく、主を恐れつつ、真心から従いなさい。23何をするにも、人に対してではなく、主に対してするように、心から行いなさい。24あなたがたは、主から報いとして御国を受け継ぐことを知っています。あなたがたは主キリストに仕えているのです。

ローマ人への手紙13:1-5節にはこう書いてあります。一緒に読んでみましょう。
[ローマ人への手紙 13:1,2,3,4,5] 1人はみな、上に立つ権威に従うべきです。神によらない権威はなく、存在している権威はすべて、神によって立てられているからです。2したがって、権威に反抗する者は、神の定めに逆らうのです。逆らう者は自分の身にさばきを招きます。3支配者を恐ろしいと思うのは、良い行いをするときではなく、悪を行うときです。権威を恐ろしいと思いたくなければ、善を行いなさい。そうすれば、権威から称賛されます。4彼はあなたに益を与えるための、神のしもべなのです。しかし、もしあなたが悪を行うなら、恐れなければなりません。彼は無意味に剣を帯びてはいないからです。彼は神のしもべであって、悪を行う人には怒りをもって報います。5ですから、怒りが恐ろしいからだけでなく、良心のためにも従うべきです。とあります。

皆さんいかがでしょうか。私がこの箇所でどんな言葉を加えましょうか。信じているのに毎日が平安ではなく恐ろしさと不安でいっぱいでしょうか。なんで私の信仰生活は祝福されてないのかと疑問のなかにいますか。

静かに目をつぶってみましょう。そして心の奥から響いて聞こえる御霊の御声に耳を傾けましょう。そして何か悔い改めるべきことを教えられたならばその声に従って悔い改めましょう。
ヨハネの手紙第一1:9 もし私たちが自分の罪を告白するなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、私たちをすべての不義からきよめてくださいます。

イエスは近づいて来て、彼らにこう言われた。「わたしには天においても地においても、すべての権威が与えられています。

主の弟子として生きるとするならば、主イエスキリストの権威に従うことが一番大切なことです。